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織幡神社♪海女発祥の地・沈鐘伝説
波津の海岸♪

  約、2年ほど前の事になります^^;
  宗像市鐘崎の岬にある織幡神社を友人と訪ねて、色々なお話しを伺う事が出来ました。
  あまりに色々なお話しを伺って、なかなかまとめられず遅くなってしまってたところ
  少し前に、宗像市沖の沖ノ島と宗像三女神の事が、全国放送の番組で取り上げられて
  この織幡神社も、紹介されていました。
  それで、今なら覚えて下さってる方もあるカモ!?
  と、頂いた資料やメモを紐解きながら、私の備忘録としてもまとめてみました。
  波津の海岸をドライブしながら、鐘岬の突端にある神社へと向かっています。
                                                      トマコ


岬の突端に♪

織幡宮♪

  織幡神社は、玄界灘を望む鐘崎の岬の突端に鎮座しています。
  番組でも放映されていた、宗像大社のみあれ祭の時の海です。
  私がこの神社に来たかったのは、武内宿祢にまつわる伝承があると知ったからで
  そのお話しもまた長くなりますが^^; その他にも色々な伝承のあるお宮さんです。
  最初にここに来た時偶然、神職の方にお会いして 沢山のお話しを伺いました。
  

地の島♪

  織幡宮の目の前は海で、見えている島は地の島です。
  地の島といえば、椿の名所であり 椿油も名産品であったと思いますが
  番組では、鐘崎から日本海側に椿が伝わった事が紹介されていましたよね^^
  どうして伝わったかというお話しも、織幡宮に伝わる話しと関係があります。
  それから、右側に森が見えていますが あの森の上の高台にお宮があり
  あの森は、原生林としても貴重なんだそうです。
  神職の方によると、古墳であったかもしれないというようなお話しでした。
  石棺や銅剣などが出土されたそうですが、助成金などの不足でなかなか
  調査が出来ない状況だそうです。  


 画像をクリックすると大きくなります♪
原生林の説明♪

  神社巡りをしていると、神職の方や歴史研究会の方にお会いして
  お話しを伺う機会に恵まれる事があります。
  貴重で驚くような歴史のお話しを、到底全部は覚えられないので
  どこか何かにまとめてありますか?ってお聞きすると
  口伝えによる事も多く、昔の事をよく知ってる人は高齢者になり
  いつまでお話しが聞けるかわからないと、お聞きする事があります。
  そうだとしたら、非常にもったいない・・・
  昔の事って、昔過ぎると本当の事かどうかわからない事も多いと思うけど
  多少の伝え間違いなどがあるにせよ、真実も含まれていると思える事が多くて
  思いがけない伝承にも出会えて ミステリーハンター気分で楽しみながら
  少しでも沢山のお話しを伺えたらなぁと思うこの頃です♪


鐘崎の海女の像♪

 画像をクリックすると大きくなります♪
日本海側の海女発祥地♪

  さきほどの地の島の椿のお話しですが、椿は元々南方の木だそうです。
  それが、この鐘崎の地から日本海側の地方にも伝わったのはなぜ?
  それは、ここは日本海側の海女の発祥地だからなのです。
  鐘崎の海女たちは古代から名高く、日本海側の遠くの地まで漁に出向き
  技術を伝えるとともに、鐘崎の文化や地名なども伝えたといわれるそうです。
  それから、邪馬台国論争でも有名な魏志倭人伝には、海女に驚いた記述もあるそうで
  その海女がどこの海女の事なのか??
  もしかすると、鐘崎の海女だったのかもしれないという説もあるそうです^^
  2年前に伺った当時で、鐘崎の海女さんは70代の方が二人おられたとか。
  その後、貴重な海女さんの技術は誰かに受け継がれているのでしょうか・・・
  ちなみに、太平洋側の海女の発祥地は、鳥羽とおっしゃってたと思います。


沈鐘伝説の巨石♪

 画像をクリックすると大きくなります♪
説明♪

  鐘崎に伝わるまた別の伝説も・・・
  沈鐘伝説は、他の地にも伝わっているそうですが、鐘崎にもありました。
  説明は、写真を拡大してご覧くださいね^^
  海に沈んでいると言われる釣鐘を、何度か引きあげようとしたが
  風雨に遭い祟りと恐れられて 引き上げられなかったそうです。
  この巨石がその沈鐘なのか、本物の沈鐘はまだ海底に眠っているのでしょうか・・。


織幡宮へ♪

  それでは、階段を上がって織幡宮に参拝させて頂きます。
  主祭神の武内宿祢は、たけうちのすくね と読んでいましたが
  神社の方は、「たけしうちのすくね」だとおっしゃっていました。
  その理由はわかりませんが・・・^^;
  武内宿祢は、神功皇后の三韓へのご出陣の時などに尽力された方です。
  織幡の名は、出陣の時の船の幡を織った事が由来です。
  そういえば帆柱山では、熊鰐さんが船の帆柱に使う木を切っていました。
  北九州市の勝山勝田神社には、竹を切った話しが伝わっているそうです。
  勝山勝田神社にも、行ってみなければ~^^
  機織姫の伝説も近くにあり、伝説を裏付けるようなお話しだらけですね。


上がります♪

  織幡宮についての詳しい事は、私がいつも楽しみに見せて頂いている
  ひもろぎ逍遥さんで、とっても詳しく紹介されています。
  ご興味のある方は、是非ご覧くださいね。
  私のつたない続きのお話しも、聞いて下さると嬉しいです^^
                                                      トマコ
  神社ファンになったトマコの話しは、私はしょうが湯飲みながら聞いております。
  え? それはジンジャーでしょうが(^_^.)
                                                      トマオ

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【2014/02/22 06:00】 | 北九州の史跡・伝説 | page top↑
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