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三宜楼♪淡島神社
都市高速から見える♪

  北九州市都市高速道路で門司を通る時、いつも見えて気になっていたお宮さんの看板♪
  調べてみると、日本三大淡島神社の一社としても称えられていて、
  ペトログラフが発見された事でも有名な神社でした^^
                                                      トマコ


淡島神社♪

ご由緒♪

  淡島さまは女性の神様で、夫婦でお参りしてはいけないそうです(^_^.)
  と、いうわけで 私の従姉と二人で行ってきた様です。
                                                      トマオ

  
参拝♪

  御祭神の少名比古那神(すくなひこなのかみ)は、ガガイモの種に乗ったといわれる
  小さな神さまですが、神代の昔、大国主神(おおくにぬしのかみ)とともに 
  日本の国土をおつくりになり、 人々や、鳥や蓄(けもの)に至るまで諸病を治す
  薬方をお定めになると共に裁縫の道を広められた、
  いわゆる医薬・裁縫の親神さまと称えられる神さまです。
  淡島さまは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の娘で、
  住吉大神(すみよしのおおかみ)の后になられ
  婦人病を患ったため海に流されてしまう。
  お嘆きになったあはしまさまは、『この悲しみから世の女性を救いたい』と仰せになり
  淡島さまにお祈りすれば、婦人病に罹(かか)らず丈夫な子を授かると信じられたのです



針塚♪

  針塚です♪
  淡島神社は針供養の神社として有名で、毎年2月8日に針供養祭を執り行われています。


文殊さま♪

  文殊さま♪
  入試合格や学業成就の御利益があると信仰されています。
  文殊さまの石で頭や腕を撫でて御祈願します。 


ペトログラフの岩♪

  今から四千年前の古代シュメール王朝のウルク神殿に彫られている「七枝樹」
  (豊穣を祈る神の紋章)を中心に、大気の神、大地の神、大地母神などに
  「奉る」と記されている。  
  また左側には、大地神、母神、女神などと彫った中央に、
  佐賀県江北町鳥屋で見つかったと同じ
  「燕」時代の甲骨文字らしいものが彫られている。(意味は不明) ホームページより抜粋

  
 
どれ??

  どれが七枝樹なのかシュメール文字なのかは、さっぱりわかりませんでしたが^^;
  ペトログラフが刻まれている岩は、国東半島から持ち込まれた岩だそうです。
  安心院からとも聞いた事があり、どっちだったかあやふやですみません^^;
  どちらにしろ、古代ロマン溢れる土地から運ばれた岩なのです。


三宜楼♪

  淡島神社に参拝して、ランチがてら訪ねたのは「三宜楼」♪
  門司港駅から山手側の小高い丘の上に建つ 数寄屋造りのお屋敷です。


玄関♪

  俳人の高浜虚子や地元の名士らが利用した高級料亭であったのだが
  長年利用されず、解体が決定していた。
  これに対し保存修復運動が起こり、今回見事に復活を遂げる。



廊下♪

  元々明治44年に建てられ、昭和6年に現在の位置に移転。
  延べ床面積が1200㎡を越える建物の中には、通称100畳間と呼ばれる大広間など
  大小さまざまな部屋があり、床の間、欄間、下地窓など当時の意匠がそのまま残っている



三宜楼♪

  その由緒ある料亭「三宜楼」が 一階部分には、昔のように、料亭として
  今年2014年の4月26日にオープンしました。
  ランチは気軽に頂けますが、予約した方が無難です♪


大広間♪

  通称100畳間と呼ばれる大広間です♪
  無料で見学する事ができます(^^)v
  それでは、ランチと門司の美味しいものは次回です。

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【2014/09/09 06:00】 | 北九州の史跡・伝説 | page top↑
宮地岳神社♪ぜんざい祭り
宮地嶽神社へ♪

2月28日 宮地岳神社のぜんざい祭りに行ってきました♪
                                                      トマコ


大しめ縄♪

  2月28日は、不動神社の古墳が開帳される日です。
  年に三回しかなく 私は仕事で残念ながら行けませんでしたが
  トマコが従姉と行って、またまたコーフンして来た様です(^_^.)
                                                      トマオ


金の屋根と♪

開運桜♪

  開運桜と呼ばれている桜が、見ごろでした♪
                                                      トマコ


不動神社へ♪

金銀の大鍋で♪

  宮地岳神社の奥の宮、不動神社のお祭りです♪
  毎年2月28日に、古墳が開帳されて ぜんざい祭りが行われるのですが
  去年は1月28日の古墳の開帳の時に参拝させて頂き、ぜんざい祭りは初めてです^^
  不動神社の前にある、大きな金銀のお釜はなんだろう?
  と思っていましたが、ぜんざいを作っておられました!
                                                      トマコ


白いぜんざい?

  この日は、ぜんざいが無料でふるまわれる・・・との事で楽しみでした♪
  ん? 白いぜんざい??
  普通の小豆のぜんざいと、もう一つ白いようなぜんざいがあります!
                                                      トマコ


白いお豆とピンクのお餅♪

  初めて見たので、私は白い方を頂いてみました(^^)v
  白いお豆のぜんざいに、ピンク色のお餅が入った紅白のぜんざいです。
  お味は小豆のぜんざいとあまり変わらず、上品な甘さでとっても美味しかったです♪
  お漬物も頂いて、ほっとしたひと時を過ごさせて頂きました。
                                                      トマコ


不動神社の♪

古墳内へ♪

  去年、初めて古墳のご開帳に参拝させて頂いた時よりも、少し勉強した事が増えて
  今年はいっそう興味深く見せて頂く事が出来ました。
  宮地岳古墳は、宗形君徳善が埋葬されているのではないか?
  と、色々なパンフレットなどで見て覚えていたのですが 宮地岳神社のホームページでは
  「一千六百年前 その山は 九州北部王朝の聖域であった」と書かれてあります。
  神社から頂く案内には、宗形君徳善とは書かれていないのです。
  この古墳は地下の正倉院と呼ばれ、金の鐙(あぶみ)・冠(かんむり)・馬具類・大太刀等
  数多くの埋蔵物が発掘され、20点が国宝に指定を受けています。
  最近 九州国立博物館で開催されている 神社国宝展で いくつかを観ましたが
  それはまさに、王朝を想像させるような きらびやかで立派なものでした。
  全長23mという大規模な石室は、高さ幅とも5mを超す大きな石を積み重ね作られたそうで
  今年また改めて、その大きさと迫力に、圧倒される思いで見せて頂きました。
                                                      トマコ


楼門の♪

寒緋桜♪

  門の所の大きな桜の木は、淡い色の寒緋桜でした♪
                                                      トマコ


お馬さんに♪

  境内に 馬の銅像があるのですが・・・
  従姉のS姉さんが、何か見つけてウケています!
  え~? あれっ?? ヒャ~ハッハ(^o^)丿
                                                      トマコ


人参が♪

  馬の銅像に「どうぞぅ・・・」と、置いたのかな(^_^.)
                                                      トマオ


松ケ枝餅♪

  お昼をかなり回ってしまい、ぜんざいを頂いたのにまた食べたくなりました^m^
  宮地岳神社では、松ケ枝餅というのですが なぜ松なんだろう?
  って思ってたけど、古墳の中でも見たご紋が松だった・・・だからでしょうか!?
                                                      トマコ


海鮮屋さんへ♪

  宮地岳神社に参拝して、帰り道は495号線沿いの海鮮のお店で遅いランチです♪
                                                      トマコ


海鮮丼♪

海鮮天丼♪

頂きました♪

  S姉さんは、テレビでも紹介されたという海鮮丼を♪
  私は、お腹が減ってて思わず海鮮天丼を頼んだら すごいボリュームでした~!
  ぜんざいと松ケ枝餅を頂いてたコトを、すっかり忘れていました。
  食べ過ぎを公開後悔してしまった~^^;
                                                      トマコ


菜の花♪

早咲きの菜の花畑♪

  早咲きの菜の花が満開の道を、ちょっと遠回りしてドライブして帰りました♪
                                                      トマコ
  トマコの食べ過ぎと神社と古墳のお話しにお付き合い下さり 感謝です(^^)
                                                      トマオ
【2014/03/05 06:00】 | 北九州の史跡・伝説 | コメント(13) | page top↑
織幡神社♪武内宿祢の沓塚
織幡宮拝殿♪

  宗像市鐘崎にある、織幡宮を訪ねた続きです♪
  約2年ほど前にお話しを聞いたので、忘れていたり記憶違いなどがあるかもしれませんが
  頂いた資料などを元に、私の備忘録としても整理しています^^
  古くは宗像大社と並ぶほどの賑いがあったそうで 格式高い神社です。
  主祭神は、武内大臣(たけしうちのおおおみ)とお読みすると教えて頂きました。
  神功皇后をお助けした武人の、武内宿祢の事です。


 画像をクリックすると大きくなります♪
ご由緒♪

  ご祭神の中に他に、壱岐真根子臣(いきのまねこおみ)の名前もあるのですが
  壱岐真根子とは、武内宿祢とよく似ていた方で 武内宿祢の身代わりとなって
  亡くなったと言われている方です。
  神職の方によると、つい最近まで(二年前の時点で)
  壱岐氏が織幡宮を守っておられたそうです。
  その方は壱岐真根子のご子孫なのですか?とお尋ねすると、
  そうだとおっしゃっていました。
  熊鰐さんのご子孫は、岡垣町の西園寺のご住職でおられたし、
  神話の世界・・と思っていた神様やお供の方々のご子孫がおられる・・・
  それは、私にとっては身近に神話が息づいている証の様に思えています^^


古い狛犬さん♪

  狛犬さんが古そう~^^ ユニークで可愛かったです♪
  織幡の名の由来は、「369年に神功皇后が宗像大社に征新羅の神勅を給うとあり
  鐘崎で赤白の旗を織って、竹竿に付けた」事からだそうです。
  日本書紀には、「413年2月 阿知使主ら、呉国より筑紫に帰りし時、胸形大臣より
  工女を乞われ 連れてきし兄媛・乙媛・呉織・穴織のうち兄媛を奉る」
  とあるそうで、織幡宮から遠くない縫殿神社に この四人の姫が祀られているそうです。
  幡を織る姫も居た・・・竹竿は北九州市の勝山勝田神社付近で調達した。
  帆柱は熊鰐さんたちが帆柱山から切り出した。 
  と、私の中で繋がる様になったのは、ひもろぎ逍遥さんのブログを読んでからです。
  縫殿宮についても、ひもろぎ逍遥さんで詳しく語られています。
  私は、津屋崎古墳群に行った時偶然に前方後円墳の上にあるお宮に行きましたよ^^
  こうして伝承の場所を見つけたりすると、神社や史跡巡りがいっそう楽しくなります(^^)v   


銀杏の木♪

  境内にあった大きな銀杏の木♪
  これは山口県の忌宮神社に伝わる木の子孫だと書いてあります。
  忌宮神社には、骨董市に行ったり 長府の散策で訪ねたりしましたが
  実はとても歴史深く 功皇后は夫である仲哀天皇とともに7年間仮の皇居として
  おられた 豊浦宮と呼ばれた神社です。
  そこから持ってきたと言われる銀杏の木が、鐘崎にあったんですね~


沓塚♪

沓塚♪

  武内宿祢は、神功皇后の後の天皇にもお仕えして 300歳を超えたとも
  伝えられているそうですが、『因幡国風土記』逸文には、360歳のときに因幡国に下向し、
  そこで双履を残して行方知れずとなり、双履が残されていた
  鳥取県鳥取市国府町の宇倍神社に 武内宿禰を祀るとの記述がある ウィキペディアより

  と、載っていますが この織幡宮にも武内宿祢の沓塚があります。
  私のまったく勝手な想像ですが。いくらなんでも何代もの天皇にお仕えしたり
  300歳を超えて生きていたとは思えないので、神功皇后にお仕えした武内宿祢が
  ここ織幡に近い地で没したのかも!??
  その後も、武内宿祢の名で呼ばれた方があったのでは??
  こうして妄想するのも、神社巡りで伝承にあった時の楽しみです(^^)  


石棺出土場所?
  
玄界灘♪

  2年ほど前の事で記憶が定かでないのですが、石棺が出土した場所だったかな^^;
  その石棺は、また埋め戻されたとおっしゃってたと思いますが
  いったいどなたのお墓なのでしょうか・・・
  玄界灘が見える 静かな高台です♪


小賀玉の木♪

  そしてこの日、一度見てみたいと思っていた木にも出会えました♪
  神社などによく植えられているという、オガタマノキです。
  現在 天岩戸神社と当社に残る貴重な木だと書いてあります。
  どういう意味だろう~?


階段のすぐ上で♪

  オガタマノキは、その後別の神社でも出会いましたが
  この織幡宮のオガタマノキが貴重な理由、またお訊ねしてみたいです^^
  

花が咲いていました♪

  ちょうど花が散る頃で、階段に花びらが落ちていたのを
  一緒に行った友人が見つけてくれました^^
  織幡宮でお会いした神職の方には、他にもお訊ねしたい事があり
  その後二度ほど訪ねたのですが、この日以来お会い出来ていません。
  なので、またお伺いしたいなと思っています♪


本♪

  ひもろぎ逍遥の管理人の綾杉るなさんが、本を出版されました♪
  福岡県内の神功皇后の伝承がある神社を、詳しくご紹介されています。
  神宮皇后と伝承にご興味のある方には、願ってもない本だと思います(^^)v
  私も、このガイドブックとともに逍遥してみたいと思います。
                                                      トマコ

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【2014/02/27 06:00】 | 北九州の史跡・伝説 | page top↑
織幡神社♪海女発祥の地・沈鐘伝説
波津の海岸♪

  約、2年ほど前の事になります^^;
  宗像市鐘崎の岬にある織幡神社を友人と訪ねて、色々なお話しを伺う事が出来ました。
  あまりに色々なお話しを伺って、なかなかまとめられず遅くなってしまってたところ
  少し前に、宗像市沖の沖ノ島と宗像三女神の事が、全国放送の番組で取り上げられて
  この織幡神社も、紹介されていました。
  それで、今なら覚えて下さってる方もあるカモ!?
  と、頂いた資料やメモを紐解きながら、私の備忘録としてもまとめてみました。
  波津の海岸をドライブしながら、鐘岬の突端にある神社へと向かっています。
                                                      トマコ


岬の突端に♪

織幡宮♪

  織幡神社は、玄界灘を望む鐘崎の岬の突端に鎮座しています。
  番組でも放映されていた、宗像大社のみあれ祭の時の海です。
  私がこの神社に来たかったのは、武内宿祢にまつわる伝承があると知ったからで
  そのお話しもまた長くなりますが^^; その他にも色々な伝承のあるお宮さんです。
  最初にここに来た時偶然、神職の方にお会いして 沢山のお話しを伺いました。
  

地の島♪

  織幡宮の目の前は海で、見えている島は地の島です。
  地の島といえば、椿の名所であり 椿油も名産品であったと思いますが
  番組では、鐘崎から日本海側に椿が伝わった事が紹介されていましたよね^^
  どうして伝わったかというお話しも、織幡宮に伝わる話しと関係があります。
  それから、右側に森が見えていますが あの森の上の高台にお宮があり
  あの森は、原生林としても貴重なんだそうです。
  神職の方によると、古墳であったかもしれないというようなお話しでした。
  石棺や銅剣などが出土されたそうですが、助成金などの不足でなかなか
  調査が出来ない状況だそうです。  


 画像をクリックすると大きくなります♪
原生林の説明♪

  神社巡りをしていると、神職の方や歴史研究会の方にお会いして
  お話しを伺う機会に恵まれる事があります。
  貴重で驚くような歴史のお話しを、到底全部は覚えられないので
  どこか何かにまとめてありますか?ってお聞きすると
  口伝えによる事も多く、昔の事をよく知ってる人は高齢者になり
  いつまでお話しが聞けるかわからないと、お聞きする事があります。
  そうだとしたら、非常にもったいない・・・
  昔の事って、昔過ぎると本当の事かどうかわからない事も多いと思うけど
  多少の伝え間違いなどがあるにせよ、真実も含まれていると思える事が多くて
  思いがけない伝承にも出会えて ミステリーハンター気分で楽しみながら
  少しでも沢山のお話しを伺えたらなぁと思うこの頃です♪


鐘崎の海女の像♪

 画像をクリックすると大きくなります♪
日本海側の海女発祥地♪

  さきほどの地の島の椿のお話しですが、椿は元々南方の木だそうです。
  それが、この鐘崎の地から日本海側の地方にも伝わったのはなぜ?
  それは、ここは日本海側の海女の発祥地だからなのです。
  鐘崎の海女たちは古代から名高く、日本海側の遠くの地まで漁に出向き
  技術を伝えるとともに、鐘崎の文化や地名なども伝えたといわれるそうです。
  それから、邪馬台国論争でも有名な魏志倭人伝には、海女に驚いた記述もあるそうで
  その海女がどこの海女の事なのか??
  もしかすると、鐘崎の海女だったのかもしれないという説もあるそうです^^
  2年前に伺った当時で、鐘崎の海女さんは70代の方が二人おられたとか。
  その後、貴重な海女さんの技術は誰かに受け継がれているのでしょうか・・・
  ちなみに、太平洋側の海女の発祥地は、鳥羽とおっしゃってたと思います。


沈鐘伝説の巨石♪

 画像をクリックすると大きくなります♪
説明♪

  鐘崎に伝わるまた別の伝説も・・・
  沈鐘伝説は、他の地にも伝わっているそうですが、鐘崎にもありました。
  説明は、写真を拡大してご覧くださいね^^
  海に沈んでいると言われる釣鐘を、何度か引きあげようとしたが
  風雨に遭い祟りと恐れられて 引き上げられなかったそうです。
  この巨石がその沈鐘なのか、本物の沈鐘はまだ海底に眠っているのでしょうか・・。


織幡宮へ♪

  それでは、階段を上がって織幡宮に参拝させて頂きます。
  主祭神の武内宿祢は、たけうちのすくね と読んでいましたが
  神社の方は、「たけしうちのすくね」だとおっしゃっていました。
  その理由はわかりませんが・・・^^;
  武内宿祢は、神功皇后の三韓へのご出陣の時などに尽力された方です。
  織幡の名は、出陣の時の船の幡を織った事が由来です。
  そういえば帆柱山では、熊鰐さんが船の帆柱に使う木を切っていました。
  北九州市の勝山勝田神社には、竹を切った話しが伝わっているそうです。
  勝山勝田神社にも、行ってみなければ~^^
  機織姫の伝説も近くにあり、伝説を裏付けるようなお話しだらけですね。


上がります♪

  織幡宮についての詳しい事は、私がいつも楽しみに見せて頂いている
  ひもろぎ逍遥さんで、とっても詳しく紹介されています。
  ご興味のある方は、是非ご覧くださいね。
  私のつたない続きのお話しも、聞いて下さると嬉しいです^^
                                                      トマコ
  神社ファンになったトマコの話しは、私はしょうが湯飲みながら聞いております。
  え? それはジンジャーでしょうが(^_^.)
                                                      トマオ

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【2014/02/22 06:00】 | 北九州の史跡・伝説 | page top↑
月瀬八幡宮♪恵比寿大祭
月瀬八幡宮♪

  前々回の記事でご紹介させて頂いた、月瀬八幡宮の恵比寿大祭に
  トマコが参加させて頂きました。
  毎年、12月の3日に 江戸時代から絶える事なく続いているそうです。
  月瀬八幡宮は中間市底井野に鎮座され、1638年に時の筑前藩主黒田忠之公が
  お祀りされたのが始まりです。
  黒田氏といえば黒田官兵衛は、今年の大河ドラマでも注目されていますよね^^
  それでは、ここから先はトマコにお任せです。
                                                      トマオ


恵比寿大祭♪

太鼓や榊♪

木魚♪

  中間市在住の友人のご縁でお話しを伺った時、どなたでも参加できるので是非どうぞ。
  と、とっても気軽にお声をかけて下さったので、こんな機会は滅多にないと思い
  北九州市在住の私ですが、友人と一緒に参加させて頂きました^^
  まず、榊を上げて(という言葉で良いのかどうかわかりませんが)参拝します。
  神社なのに木魚があるのが気になったけど、お聞きするのを忘れてました^^;


お茶室も♪

御抹茶と和菓子♪

  まずはと、お茶室に通して下さり緊張~~~^^;
  でも、椅子でも良いって! 良かった~(笑)
  恵比寿大祭では、朝7時より祭典が始まり、続いて一番座。
  9時より二番座・・・一時間毎に三番座~5時の十番座まで続きます。
  私達は午後一時からの六番座に飛び入りのように参加させて頂きましたが
  本当に温かく優しく迎えて下さって、緊張もほぐれました(^^)


シュロの葉で干し柿♪

  少しの待ち時間の間に、美味しいお茶とお菓子を頂きながら・・・♪
  干し柿は、シュロの葉で結んで干してあるそうです。


恵比寿料理♪

  いよいよ、六番座の始まりです♪
  宮司さんのご挨拶があり、江戸時代から変わらない料理方法で作られたという
  恵比寿料理を頂きます。
  お料理はすべて、宮司さんのご家族や氏子の奥様方が手作りされたそうです。
  油なども使わず、レシピは江戸時代のものだそうで楽しみです(^^)v


朝7時から一時間毎の恵比寿座♪

  ここでちょこっと・・・この時に教えて頂いたお話しです。
  中底井野という地名が月瀬八幡宮の近くにあるのですが、
  中底井野出身の月形 潔(つきがた きよし1865年)という人が、
  北海道の月形町に渡り、月形町の地名の由来となるほどご活躍され
  月形町には 月形潔の銅像も建立されているそうです。
  北海道の月形町からも、PRに来られた方が参加しておられました。
  福岡県の底井野と北海道の繋がりを感じる、温かなエピソードでしたよ^^


蓋の裏に月瀬八幡宮♪

江戸時代から伝わるお料理♪

  それではいよいよ、江戸時代のレシピのお料理を頂きま~す^^
  お造りと、煮物・魚のなます・フナの煮物などです。


お造り♪

  お造りは、その時に獲れるお魚という事で、当時と同じではないかもです。
  ですが、江戸時代にもお刺身を頂いてたんだ~と思いながら頂きます。
  お刺身は、日本の文化なんだって 改めて思いました。


お煮しめ♪

  優しい味付けがしっかりと含ませてある お煮しめです♪
  図々しい私も、ちょこっとは緊張していたので、詳しくはお聞きしていません^^;
  甘みもあって お砂糖とお醤油は使ってあると思います。
  とっても美味しくて、現在のお煮しめと殆ど変らないと思いました。


魚のナマス♪

  お魚が入ったなますです。 お味噌とお砂糖と酢が主な調味料かな!?
  生魚のなますは苦手で、自分で作る事は殆ど無いのですが・・・^^;
  このお料理は本当に美味しくて、魚の臭みとかまったくなかったです。


フナの煮物♪

  フナの煮物です♪
  実はフナも食べず嫌いというか、以前鯉を頂いた時から川魚が苦手になって
  フナは伝統的な料理とお聞きしていたので、ちょっと恐々だったのですが・・・^^;
  ビックリするほど美味しくて、驚いてしまいました~
  昔はフナを釣って作っていたそうですが、最近では佐賀県から取り寄せてるそうです。
  ストーブなどの上で、コトコトとじっくりゆっくり煮ているそうです。
  そして大根の煮物も、しっかりと煮含めてあって上品な味付けでした。
  江戸時代の方々は、お料理上手な方が多かったのかもしれないな♪


ご飯とお味噌汁♪

色々なお漬物♪

  ご飯とお味噌汁。沢山の種類のお漬物も、どれもとっても美味しかったです♪
  江戸時代のお料理は、現代とどれほど違うのかと興味があったのですが
  食材で珍しいのはフナくらいで、お味は現代のお料理とそう変わらなかったです。
  ただ、とっても丁寧に作られてるなと感じました。
  私は 祖母のお煮しめを思い出しました^^
  祖母は明治生まれだったけど、その少し前は江戸時代ですもんね。
  きっと、祖母も母親や祖母から受け継いだ料理を作っていたんだろうな・・・
  江戸時代から伝わる日本の味、こうして守り伝えられている事にも感謝です。


お酒が当たりました♪

  恵比寿座の最後には恵比寿くじがあり、なんと二等のお酒が当たりました^^;
  飛び入り参加で大当りで申し訳なかったけど、とっても嬉しく頂いて帰りました~♪
  全員で恵比寿大祭の福の呼び込み(これも言い方がわからずすみません^^;)をして
  恵比寿座は終わります。
  思い切って参加させて頂いて、福をいっぱい頂いて参りました(^^)v
  ちなみに、神社なのでお初穂料を包んで上げさせて頂きますが
  本当に、誰でも参加して福を頂き、とっても楽しい気分になります。
  出来ればまた、今年も参加させて頂きたいと思います。
  月瀬八幡宮さん、本当に素敵な経験をさせて頂いて 有難うございました♪
                                                      トマコ
【2014/01/21 06:00】 | 北九州の史跡・伝説 | コメント(24) | page top↑
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